Interview インタビュー

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日本酒蔵元インタビュー

宮坂醸造株式会社【真澄】蔵元
宮坂勝彦さん
Mr Katsuhiko Miyasaka

1985年長野県諏訪市生まれ。慶應義塾大学卒業後、株式会社 伊勢丹(現在の三越伊勢丹)へ入社。
二年間の丁稚奉公の後、欧州で四ヶ月間のバックパッカー旅行をし、ヨーロッパ各地の食文化を学ぶ。
帰国後は家業である宮坂醸造株式会社へ入社。製造部に配属され、清酒の製造を現場で学ぶ。
【真澄】の米国と英国における販売代理店である【World Sake Imports】にて、出向研修を行い、2013 年に帰国後は、宮坂醸造株式会社の企画部にて、商品・イベント・販売戦略・PR の企画などにたずさわる。
趣味はトレッキング。

現在の仕事内容を教えてください

国内酒類販売店や飲食店への営業活動。真澄 、MIYASAKAその他食品を含む商品企画。国内外での販売・広報・イベントの戦略の立案と実行が主な業務です。
海外向けには外国人社員が広報を担当していますが、私自身も積極的に海外の展示会や得意先を訪問しています。イベントは、全国の日本酒イベントを始め、発酵食品のシンポジウムなどにも出店しています。

大変長い歴史を持つ蔵元の後継者として、プレッシャーは感じますか

宮坂家のご先祖は諏訪を治める諏訪氏の家臣でしたが、戦国時代、諏訪氏・武田氏・織田氏の戦乱に翻弄された末、刀を捨てて酒屋となりました。
宮坂醸造は真澄蔵元であり、1662年(寛文2年)から信州上諏訪で酒造りをしています。
その後火災などで事業が苦しい時代を乗り越え、1946年(昭和21年)全国清酒鑑評会にて第一位から三位まで受賞。大蔵省醸造試験場の手で真澄酒蔵から優良清酒酵母協会7号(通称「K7号酵母」「真澄酵母」)が発見され、真澄酵母は発見から60年以上経た今でも全国60%の酒蔵で活躍しています。
後継者としてのプレッシャーというよりも、「七号発祥の蔵元」という名誉と、その一方で、「決して正道から外れた酒造りをする訳にいかない」という鉄則は良い意味でプレッシャーになっています。

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宮坂醸造の日本酒を今後どのように世界展開してゆきたいですか。また、日本酒を世界でどのような位置に持ってゆきたいですか

宮坂醸造の世界展開については、
・安定した高い品質をもつブランドとして認知してもらいたい
・品質に見合う良心的な価格で供給させたい
・我々のこだわりやお酒に込める思いを理解して流通させてくれるような代理店、飲食店の方々に売っていただきたい
・販売量、販売手法についても量より質を追っていきたい
の4点です。

日本酒全体については、ある程度流通量を増やした上で、日本酒専用の流通網を構築できるようにしたいです。
ワインの流通における適温と、日本酒のそれとは異なり、日本酒はより繊細な温度管理が必要なため、専用の流通網は必要なのです。
また、世界中で清酒【SAKE】が製造される中でも、日本産の清酒がやはり品質的に最も優れているといった状況にしたいですね。ワインやビールほどまでは望まずとも、今より大きく成長しない限りは、日本酒は世界飲料のひとつにはならないと思っています。なので、せめてポルトガルワインやシェリーのような位置付けにはもっていきたいです。

そのような目標に向け、どのような活動をしていますか

例えばフランスのボルドーで開催される世界的アルコール飲料の展示会【Vinexpo】、ドイツ・デュッセルドルフで開催される【ProWein】、香港で開催される【International Wine & Spirits】などへの出展。
各国ディストリビューターと綿密なコミュニケーションと信頼関係を構築することや、日本酒の製造手法、違い、歴史、楽しみ方などを伝えるセミナー形式での自社プレゼンテーションなどが挙げられると思います。

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仕事で英語を使うことはありますか。また今後酒造りにかかわる人たちに英語力は必要ですか

諸外国展示会への出展、レストランを主とする得意先訪問、またディストリビューターやレストランといった得意先の方々が酒蔵を訪問してくださった時には、英語を使います。自分の口で、英語で想いを伝える時、相手には単語の意味以上に心が伝わると思うので、社には優秀な外国人広報担当者もいますが、私自身も英語で伝えることを大切にしています。
英語が話せないと仕事にならない、というようなものではありませんが、日本酒の製造に興味がある、もしくはやってみたいと思う外国人の方々も増えているのが現状なので、そういった方々とコミュニケーションする時に多少の英語力は必須と考えたほうが良いでしょう。
世界共通語である英語で日本酒のことを世界に広めることができる、というのは、日本人としてとても誇らしいことだと思います。

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酒造りに縁のない環境で育った者には入れない世界という印象が強いのですが、どうすれば英語力を活かしてこの世界で働けますか?

酒造りに縁のなかった方でも、この世界で働くのは十分可能です。実際、外国での生活経験を経て日本文化のひとつである日本酒に興味を持ち、それがきっかけで酒蔵で働いている若手蔵人の方とお会いしたこともあります。
弊社でも、見学だけではなく、実際に製造に入って一週間の研修をされる方が年に数人はいます。蔵人として働きたい方も一般の会社の社員となるようなイメージで応募はできますし、英語力があることが評価される酒蔵は多いと思いますよ。もちろん弊社までご連絡いただければ面談などいたします。

ご自身の目標、夢を教えてください

ひと言でいうならば、“真澄の拠点である長野県諏訪地域をもっと美しく、楽しい場所にすること” です。
地域の水や空気を含めた環境で生まれるのが清酒であり、我々はこの地から離れることはできません。この先30 年は私自身も元気に世界を飛び回ることができますが、60歳以降は息子をはじめとした後進に世界へ羽ばたいてもらい、私は地元でより長い時間を過ごすことになると思います。
その時に街が廃れ、周りにお酒を一緒に飲む仲間や訪問客が少ないと、何のためにお酒を作っているのか、生きがいを失ってしまうことになりかねません。
諏訪地域をそうした地方都市にさせないために、
・市街地の街並み、自然環境を修景していくこと
・美味しいレストランや小売店などが並ぶ、歩いて楽しい街にすること
・特に食文化について重点的に整備、充実させ、多くの方々が諏訪に来て美味しい食事を楽しみたいと思える街にすること
に取り組んでいきたいと思っています。
パリやロンドン、NY や東京といった街に挑んでいくのではなく、スペインのサンセバスチャンやアメリカのポートランドのように豊かな地方都市を創造することが永続的に商売をも繁盛させる肝だと思っています。

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日本酒と酒造りに関心のある若者にメッセージをお願いします

グローバル化が進み、世界が平準化していく中だからこそ地域の色、国の個性や文化を残した商品は魅力的な存在になっていくのではないでしょうか。日本酒もまさしくそのひとつ。【日本】という国名を平然とつけることができる数少ない商品であり、我々の生業そのものが日本文化の継承の一端であるというのは、大変やりがいのあることです。
ただ一方で順風満帆な業界ではありません。製造量・販売量だけみると、その数字は最盛期の 1/3 にまで落ち込み、現在も廃業する酒蔵が後を絶ちません。
これは日本酒が世の中から必要とされていないということのシグナルだと強く思っています。現状に甘えず、痛みを伴う改革を行い、自らを変えていくべきタイミングです。
若手蔵元が現代の食生活に合った味わい、ライフスタイルにマッチするようなデザインの商品を開発し、ここ数年で日本酒にはそれまでになかった多様性が生まれてきています。まだまだ一般的な世の中と比べると古い考え方が支配している人間、蔵が多いことも否めませんが、今の日本酒業界にはまだまだ伸び代があると思っています。
ぜひ飛び込んで来てください。1000 年以上かけて日本人が独自に進化させてきた日本酒の次の時代を一緒に作っていきましょう。

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